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福岡地方裁判所直方支部 昭和62年(ワ)43号 判決 1989年5月02日

原告

江守勲

右訴訟代理人弁護士

石井将

被告

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

村田利雄

杉田邦彦

右訴訟代理人

荒上征彦

滝口富夫

増元明良

利光寛

川田守

内田勝義

主文

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、昭和六一年七月一一日以降本判決確定に至るまで、毎月二〇日限り一か月金三二万五〇六三円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和六一年七月一一日以降本判決確定に至るまで、毎月二〇日限り一か月金三二万五〇六三円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言(第2項につき)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(当事者の主張)

一  請求原因

1(一)  被告は、従来日本国有鉄道法に基づき設立されその名称を日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)と称していたが、日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)が成立したことにより、その事業は昭和六二年四月一日以降旅客鉄道株式会社等の承継法人(新会社)に承継され、右承継法人(新会社)に承継されない資産・債務等を処理する業務を遂行するため改革法及び日本国有鉄道清算事業団法(以下「事業団法」という。)に基づきその名称を日本国有鉄道清算事業団と変更した(以下被告を「国鉄」「事業団」ともいう。)。

(二)  右改革法・事業団法により、国鉄の職員であって右承継法人(新会社)に採用されなかった職員は、全て事業団の職員に当然移行することになった。

2(一)  原告は、昭和七年五月二〇日生れであって昭和三三年三月一日国鉄の職員となり、九州総局九州地方自動車部直方自動車営業所(以下「直方営業所」という。)に配属され、後記懲戒免職処分発令当時まで同営業所でバスの運転係として勤務していたものである。

(二)  原告は、国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員であり、国労門司地方本部九州自動車支部直方自動車分会に所属していたが、昭和三四年に九州自動車支部の青年部長に就任したのをはじめとして、以後九州自動車支部執行委員、直方自動車分会書記長、九州自動車支部副委員長等の地位にあったものである。

3  国鉄は、昭和五八年六月一七日付総裁達第一四号「職員等旅客運賃料金割引管理規程」第七条に基づき定められた同日付総文・旅達第一号「職員等旅客運賃料金割引基準規程」により、在勤職員に対し、(一)平素勤務に精励であると認めた場合、在職六か月以上の職員には「<職>割引券」と呼称されている職員用割引券が年一二枚交付され(但し、表彰あるいは懲戒処分等により右枚数には増減がある。)、(二)また、在職一年以上の職員にはその家族に対しても「<家>割引券」と呼称されている家族用割引券が年二〇枚交付(在職一二年以上にわたった場合には職員の父母にも有効とする割引券が年一〇枚加算されて交付。)されることとなっている(なお、前記規程によれば、右割引券の有効期間は毎年七月一日から翌年七月三一日とされている。)(以下「割引券」という。)。しかして、国鉄職員が割引券を使用する場合には(職員の場合には「<職>」、「<家>」いずれの割引券も使用可能である。)、駅及び駅旅行センターの国鉄窓口において、割引券に所定事項を記入して提出することにより運賃ないし料金を一定率(五割)割引かれた乗車券を講入することになる。

4  原告も、昭和六〇年度分(昭和六〇年七月一日から昭和六一年七月三一日までの間有効なもの。)の割引券として職員用一一枚、家族用二〇枚(その外父母用一〇枚)の交付を受けた。

5  ところで国鉄は、九州総局九州地方自動車部長緒方義幸を総裁代理として、昭和六一年七月一〇日、日本国有鉄道法第三一条により、原告を懲戒免職処分に付する発令(意思表示)(以下「本件免職処分」という。)をなしたが、その理由は、「直方営業所において国鉄職員として不都合な行為があった。」というものであって、その具体的内容は、右免職処分の発令に先き立って同年七月四日行われた弁明弁護の手続の中で明らかにされたところによれば、「原告は、昭和六〇年七月一日以降昭和六一年二月末日までの間、割引券を他の職員から譲り受け(約三三枚とされている)、このうち数枚を使用した。」というのである。

6  しかしながら、本件免職処分は無効であるから、原告と被告との間には労働契約関係が存在し、原告は被告から賃金を受ける法的地位にある。

7  原告の昭和六一年四月から同年六月までの平均賃金は、月額金三二万五〇六三円であり、賃金支給日は毎月二〇日であった。

8  よって、原告は被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求めて本訴に及んだものである。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1ないし5の事実は認める。

2  請求原因6の事実は否認する。

3  請求原因7の事実は認める。

三  抗弁

1  昭和六一年二月二二日、一般の旅客が割引券を利用して購入した乗車券で新幹線に乗車していたので調査したところ、右割引券は国鉄の職員が不正に使用させていたことが判明した(以下「昭和六一年二月の不正事件」という。)ので、国鉄九州総局九州地方自動車部は、管下の各自動車営業所の職員に対し臨時監査を実施した。

2  右監査と併行して個別的に事情聴取を行ったところ、原告には昭和六〇年七月ころから昭和六一年二月ころまでの間に次のような行為があったことが判明した。

(一) 直方営業所運転係山本順久から、職員用六枚、家族用一五枚、合計二一枚の割引券を譲り受けた。

(二) 同営業所運転係斉原修から、職員用一二枚の割引券を譲り受けた。

(三) 前記譲り受けた割引券のうち、一、二枚を同営業所営業係池本隆昭に譲り渡した。

(四) 前記譲り受けた割引券のうち、八枚を自己において不正に使用した。

3  そこで国鉄は、原告の右各行為が職員服務規程(管理規程)第一、第二条及び日本国有鉄道就業規則第三条に違反し、同就業規則第一〇一条第一二号「職務乗車証等の発行、行使等に関し不正行為があった場合」同条第一七号「その他著しく不都合な行為があった場合」、職員管理規程第四一条第一二号「職務乗車証等の発行、行使等に関し不正な行為のあった場合」同条第一七号「その他著しく不都合な行為があった場合」の各懲戒事由に該当し、かつ、過去に発生した割引券不正事件では類のない悪質なものであると判断した。

4  よって、国鉄は原告に対し、所定の手続を経て本件免職処分を行った。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2のうち、冒頭の個別的に事情聴取を行ったこと及び(一)、(二)の事実は認めるが、(三)、(四)の事実は否認する。

3  抗弁3の事実は争う。

4  抗弁4の事実は認める。

五  再抗弁

抗弁2の事実(以下「本件不正行為」という。)が認められ、右が懲戒事由に該当するものだとしても、本件免職処分は余りにも過酷であり、社会通念上も著しく妥当性を欠くものであって、その有する懲戒権を濫用するものであるから、右免職処分は無効である。即ち

1  職務乗車証、割引券等の乗車証制度(鉄道乗車証制度)については、昭和五八年に大幅な改正がなされたというものの、乗車証制度の趣旨(従来から職員の待遇・労働条件として国鉄職員の労働契約の内容とされている。)は何等変更されることがなく存続することとなった。

2  しかして、右乗車証制度の改正(全面見直し)に際し、職務乗車証についてはその取り扱いの厳正さが要求され、「著しく品位を傷つけた場合」「営利目的で使用した場合」等には厳しい懲戒処分を行うことが通達されており、監査もある程度厳格になされ、有効期間経過後は必ず回収されていたが、割引券につては右のような通達がなされたことはなく、職員間における譲り渡し、譲り受けという状況が職場においても黙認され、また、職員の待遇であるが故に当局からも認容されており、割引券の処分・残余枚数につき何等抑制ないし検査も受けていないし、監査もほとんど行われなかった。

3  従前国鉄においては、本件不正行為と同種事案につき懲戒免職処分という厳しい処分がなされたことはなく、昭和六一年二月の不正事件の発生を契機として以後の不正行為につき厳しい処分がなされる必要があったとしても、本件不正行為は右不正事件の発生以前の行為である。

4  被告は、本件免職処分の根拠として就業規則第一〇一号第一二号を挙示するが、そこにいう「職務乗車証等」とは、国鉄九州総局職務乗車証等取扱基準規程による「乗車証等」を指し、本件のような割引券については措定されていないものと考えられる。

従って、原告の本件不正行為をもって同号に該当するとして懲戒処分をすることはできない。

5  本件免職処分により、原告は二八年間の勤務の代償たる退職金が支給されなくなる。

6  国鉄とその職員の間には、民間の私企業と同じ懲戒法理が妥当する。

六  再抗弁に対する反論

本件免職処分は社会的妥当性があり、被告の裁量権の範囲内に属するものであるから有効である。即ち

1  国鉄においては、従前から鉄道乗車証制度があり各種乗車証等を発行していた。しかしながら、国鉄の公共企業体としての性格からみて、右各種乗車証等の発行は必要最少限度に限られるべきものであるところから順次見直しがなされていたものであるが、昭和五七年ころから乗車証制度の悪用に対する世論の厳しい批判があり、また、そのころ臨時行政調査会は職場規律の確立を図るため、ヤミ協定、悪慣行(ヤミ休暇、休憩時間の増付与、労働実態の伴わない手当、ヤミ専従等)の全面的是正を答申(第三次)し、これを受けて「日本国有鉄道の事業の再建を図るため当面緊急に講ずべき対策について」閣議決定がなされ、職場規律を確立して国民の信頼を得ることと共に乗車証制度の見直しが緊急の課題であることが指摘された。

2  右閣議決定等を受けて、国鉄は早急に乗車証制度の見直しに着手し、昭和五八年六月一日付総裁達等により制度の全面的な改正を行った。右改正により、従来から多種多様にのぼっていた乗車証等が整理され、「職務乗車証」「職務遂行書」「乗車券(無賃)」「職員家族等運賃料金割引券」(割引券)等が、従来に比し限定された範囲において存続することとなった。

3  しかして、右存続が認められたのは、職務乗車証、割引券等を全廃することは、経済的観点からみても職員・家族に重大な影響があり、廃止に対する労働組合・職員からの反発もあり、全廃となれば職員の働く意欲を減退させ、その結果業務の円滑な運営を損うことにもなりかねない等の事情を考慮した結果によるものである。従って、右存続が認められた職務乗車証、割引券等は必要なものばかりであってその存続のためには制度の本旨に従った厳格な取り扱い、使用方法が要求され不正行為に対しては厳格に対処することが前提条件とされているものである。それ故国鉄当局は、従来から職員に対し通達等で職務乗車証、割引券等の使用に際しては厳正を期するよう再三にわたって注意してきたところである。

4  右の次第であったから、前記臨時監査を実施した際原告を含む約一〇名の職員の不正が判明したほかは、九州地方自動車部所属の約五八〇名の職員は、交付を受けた割引券のうち未使用分はそのまま自宅や職場のロッカーなどに厳重に保管しており、また、未交付の割引券については発行事務担当者が所定の保管場所に保管していた。仮に割引券等の取り扱いにつき業務監査を懈怠していたとしても、そのことが管理・監督者の手落ちであるとしても、業務監査の有無は本件免職処分の効力に直接関係はない。

5  右にみた如く、厳格な取り扱いが求められているのは割引券も職務乗車証と同様であるのに、原告は、長きにわたり国鉄に勤務し、国労役員の地位にあって他の職員の模範となるべき立場にありながら、三三枚という異常な数の割引券を他の職員に懇願して譲り受け、それを更に他に譲り渡し、自らは他人名義の割引券を使用して公共財である鉄道運賃料金につき五割の減額を受けて運賃料金の免脱を図ったばかりか、前記個別的に事情聴取を受けた際には終始一貫して否認する等その所為、態度は悪質極まりないものであった。

6  本件免職処分の相当性の判断にあたって斟酌すべきは、昭和六一年二月の不正事件の発生以降における一連の不正事件においてどのような量定がなされたか、いいかえれば他と比較して均衡を失していないかという点である。右不正事件の発生以前の懲戒処分事例の量定は比較の対照とならないし、また、比較の対照となるような懲戒処分事例はない。

7  原告は、就業規則第一〇一条第一二号所定の「職務乗車証等」とは、国鉄九州総局職務乗車証等取扱基準規程による「乗車証等」を指し、割引券については規定されていないと主張するが、同規程は職務乗車証のみに関する規定であるので割引券を含まないのは当然のことである。割引券は、乗車証等関係規程集において、「職務乗車証」「乗車券(無賃)」等とともに収められており、就業規則が国鉄全般に適用されるものであるから、一地方機関の規程をもって懲戒事由を定めることはあり得ず、割引券が乗車証等に該当することは明らかである。従って、原告の本件不正行為は就業規則第一〇一条第一二号所定の「職務乗車証等の発行、行使等に関し、不正の行為があった場合」に該当するものである。

8  原告は、国鉄とその職員の間には民間の私企業と同じ懲戒法理が妥当すると主張するが、国鉄は、国が国有鉄道事業特別会計をもって経営している鉄道事業その他一切の事業を経営し、能率的な運営によりこれを発展せしめ、もって公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人であり、また、その資本金は全額政府の出資にかかり、さらに、その事業は全国に及ぶものであったことを考え合せれば、国鉄の事業は極めて高度の公共性を有するものであったことは明らかである。このような国鉄の職務に対する社会の信用信頼は厚く、一般の私企業の職務に比較して一段と高い信頼が寄せられ、適切な職務執行が期待されていたのである。従って、国鉄の職務に関し不正の行為があった場合には、その事業の運営のみならず、その事業のあり方自体に対する社会の信頼が損なわれ、その結果秩序が乱され、運営に何らかの悪影響を及ぼすことが考えられるのである。それ故、国鉄の職員に職務上の不正行為があった場合、一般私企業の職員の場合と比較してより厳しい処分がなされても、その処分には合理的な理由があるといわねばならない。

(証拠関係)(略)

理由

一  請求原因1ないし5の事実は、当事者間に争いがない。

二1  抗弁1の事実は、当事者間に争いがない。

2  抗弁2のうち、冒頭の個別的に事情聴取を行ったこと及び(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、同(三)、(四)の事実は原本の存在とその成立に争いのない(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合することにより認めることができ、本件証拠中右認定に反する証拠は採用しない。

3  抗弁3の事実は、前掲(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合することにより認めることができる。

4  抗弁4の事実は、当事者間に争いがない。

三  原告は、再抗弁において本件免職処分は無効であると主張するので以下検討する。

1  前掲(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、(一)鉄道乗車証制度(乗車証制度)については従前から批判があり、種々改善策を講じていたものであるが、特に昭和五七年初ころ、職務定期乗車証等を用いた営利目的の物品運搬行為や職務定期乗車証類似の様式の偽組合員証による乗車の事実が部外に明らかになった結果、乗車証制度は世論の厳しい批判にさらされることになった。(二)加えて、昭和五七年七月三〇日臨時行政調査会がなした行政改革に関する第三次答申において、国鉄に対し、職場規律の確立を図ることについては、「職場におけるヤミ協定及び悪慣行(ヤミ休暇、休憩時間の増付与、労働実体の伴わない手当、ヤミ専従、管理者の下位職代務等)は全面的に是正し、現場協議制度は本来の趣旨にのっとった制度に改める。また、違法行為に対しての厳正な処分、昇給、昇格管理の厳正な運用、職務専念義務の徹底等人事管理の強化を図る。」、乗車証制度については、「永年勤続乗車証、精勤乗車証及び家族割引乗車証を廃止する。その他職員にかかわる乗車証については例えば通勤区間に限定するなど業務上の必要のためのみに使用されるよう改める。また、国鉄以外の者に対して発行されているすべての乗車証についても廃止する。なお、他の交通機関との間に行なわれている相互無料乗車の慣行を是正する。」との答申がなされ、昭和五七年九月二四日「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」の閣議において、職場規律の確立等については、「(1)職場におけるヤミ協定及び悪慣行については、総点検等によりその実体を把握し、直ちに是正措置を講ずる。(2)現場協議制度については、業務の正常かつ円滑な運営に支障が生じないよう改めることとし、所要の措置を講ずる。(3)職員の信賞必罰体制を確立し、人事管理の一層の強化を図る。」、乗車証制度の見直しについては、「職員の乗車証は通勤用及び業務上必要な範囲に限定するとともに、その他の鉄道乗車証制度についても原則として廃止する。」ことの決定がなされた。(三)そこで国鉄は、右閣議決定等を受けて早急に乗車証制度の見直しに着手し、昭和五七年一二月一日をもって全面的な改正を行った。右改正により従来から多種多様にのぼっていた乗車証等が整理され、「職務乗車証」「職務遂行書」「乗車券(無賃)」「職員家族等運賃料金割引券」(割引券)等が従前に比し限定された範囲において存続することとなった。(四)しかして、右存続が認められたのは、乗車証制度を全廃することは経済的観点からみても職員・家族に重大な影響があり、廃止に対する労動組合・職員からの反発もあり、全廃ともなれば職員の働く意欲を減退させ、その結果業務の円滑な運営を損うことにもなりかねない等の事情を考慮した結果によるものであって、右存続が認められた乗車証制度は、その存続のためには制度の本旨に従った厳格な取り扱い、使用方法が要求され、不正行為に対しては厳格に対処することが前提条件とされていたものである。(五)しかしながら、国鉄は、右改正に際し通達等により職務乗車証制度の利用方の厳正について職員に伝達しているものの(右通達等が割引券をも含む趣旨であるとしても、右通達等は特に職務乗車証を主眼としているものとみることができる。)、右改正以降の乗車証制度の運用ないし実状は、職務乗車証については、交付を受けた当該職員の現実の職務とは直接関係なく交付され、その利用可能区間を私的に利用することは黙認されており、割引券については、交付業務担当職員から現実に交付を受けていない職員もおり、現実に交付を受けた職員にあっても、大半の職員はその全部を使用することがなく、職員間で譲り渡し、譲り受けがある程度行なわれており、そのことを承知していた管理者もいた。以上のことが認められる。

2  (証拠略)中の東京地方裁判所昭和五八年(ワ)第一三一二号事件(団体交渉応諾義務確認請求事件)の被告たる国鉄は、同事件において乗車証制度の性質につき、「過去において被告が発行していた乗車証には各種のものがあるが、その内容はいずれも一定の事由により公共性の強い国鉄の運賃を免除するというものであるから、これらの乗車証の発行は公共財産である企業体の経営を委ねられている被告がその事業運営上の必要等に応じて適切な判断の下に行う裁量に委ねられているものである。そして、こうして発行された乗車証を交付されたことによって職員が受ける利益は、ひとえに被告の業務運営についての裁量による事実上の利益にすぎないのである。」旨主張していることが認められる。

3  前掲(証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、国鉄職員として二八年間勤務してきた者であり、本件免職処分により退職金は支給されないこととなり、また、これまで懲戒処分を受けたことは一度もなく、懲戒を行う程度に至らない訓告処分を一、二回受けたに過ぎないものであることが認められる。

4  右認定事実その他本件証拠に照らせば、国鉄は、昭和五七年における乗車証制度の改正後においても、大部分の職員が現実に使用する必要性の限度を超えて現実に使用することもない多数の割引券を交付し続け、職員間での譲り渡し、譲り受けが或る程度行われていたことは管理者においても了知していたものであるのに、右改正以降本件不正行為までの間に、右の実状に照らし割引券交付の見直しを検討することもなく、譲り渡し、譲り受けの防止について積極的な配慮もなされないままに経過し、また、割引券の交付は職員が受ける事実上の利益であるとすれば、その不正使用についても職務遂行上の不正行為と同一視し得ないものがあると言うことができ、加えて、原告は過去において如何なる懲戒処分も受けたことがなく、国鉄は本件の如き態様による不正行為につき(その枚数の多寡はともかく)、従前懲戒免職処分を選択したことはなかったのである。

そうすると、本件不正行為がその内容のみならず、原告に対する個別的な事情聴取の経緯からみて悪質であり、国鉄には民間私企業と異なる懲戒法理が妥当すること等本件にあらわれた諸事情を考慮しても、二八年間の長きにわたる労働の対価たる退職金を失うこととなる本件免職処分を選択したことは過酷であり、社会通念上も著しく妥当性を欠くものであるとみるのが相当である。してみれば、本件免職処分は懲戒権を濫用するものであって無効であるから、原告と被告との間には労働契約関係が存在し、原告は被告から賃金を受ける法的地位にある。

四  請求原因7の事実は、当事者間に争いがない。

五  以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森弘)

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